ミライがおウチにやってきた ~Oculus Quest 2 を買いました~
「味蕾」は英語でtaste budsと言うんだというのを先日知りました。
が、今日はミライはミライでも「未来」のはなしです。ふゅーちゃー。
表題どおり、ずっと気になっていたVR機器を買いました。
VRとは?という方はこちらを。
これから間違いなく盛り上がっていくだろう仮想現実の世界、これは体験しておかねばなるまい、しかし機材がなあ……と悶々としていたところに、近々発売されるOculus Quest 2が性能の割にはお買い得らしいぞという情報が飛び込んできたのが数ヶ月前のこと。たまらず貯金を突っ込みました。
そんなこんなで届いたOculus Quest 2。細かい解説は詳しいサイトがあれこれとありますますので、そのあたりはそちらに譲り。個人的に強調したい感想を中心にいきます。
Oculus Quest 2とは?というのはこのあたりで。
没入感がスゴい
これまで、360°動画を見るために携帯を突っ込む用の1,000円ゴーグルは使ったことがありました。左右上下に首を振るとそっちが見える、というものですが、それだって十分すごかった。
今回Oqulus Quest 2で加わったのは奥行きの軸。要は、「近づいたり遠ざかったり」ができる、というもの。
目の前に何かがあって、「ん?なんだ?」と一歩踏み出したり体を前のめりにするとそれに近づくことができる。この感覚がものすごくて、予想していたよりもはるかに「別の、その世界」にいる気がします。
ただ何かを見ているのではなくて、その世界の中にいる感じ。
もちろん肉体的には狭いアパートにいるので100%自由に動けるわけではないのですが、動ける範囲では本当に自由です。
ちなみに、現実世界のモノたちにぶつからないように、使う都度動く範囲を指定できます。VRゴーグルを着けたまま、内蔵しているカメラで現実世界を見て、コントローラーで「この範囲で動くー」と指定するという流れです。なかなかすごい。
自分が別の世界にいるという感覚。というか、そこにいるというだけであって、「別だ」という感覚すら生まれません。ここまでとは思わなかった。
そしてその不思議なところが、絵のリアルさが問題なのではないということ。3Dアニメーションと言って、縦横奥行きのあるアニメーション作品の中でそれが鑑賞できるというアプリがあるのですが、その絵って、今どきのPCゲームとかPS5の映像に比べて、全然「リアル」じゃないんですよね。ベタっと書いてみましたみたいな質感だったり、雑なスケッチ程度のものだったりする。
これはだいぶ細かく書き込んであります。けど、全然「普通の世界」じゃないですよね。
でも、上述の「自分がそこにいる」という感覚が勝つんです。本当に、高いところにいるアニメーションだと足がすくむし、モノが自分に近づいてきて、ぶつかると(映像の中では自分の場所をすり抜ける)、何かが自分の身体にぶつかったり通り抜けたような違和感がある。上の例だと、自分がこの街中に立っているような感覚があって、この色々な生き物もいるように感じる。すさまじいです。
「3Dのものを見る」経験なのではなく、「別世界に行く」経験。『異世界転送の用意はいいか』とはよくつけたタイトルだなあと思ってしまいました。
コントローラーがスゴい
コントローラーを握るとこんなかんじ。謎のでっかい輪っかの機能はよく分かりません。中に何かがあるというよりは、ボタンとか手が周りのものにぶつかるのを防ぐ役目ではないでしょうか。
それはそうとこのコントローラー、「使い心地が素晴らしい」ということは前機種Oculus Questのときから言われていましたが、その時はただ握り心地がいいのかな?程度に考えていました。
そうではなかった。
握ったり掴んだりが、できる!これがすごい。
中指が触れているトリガー。これを押すのが握る動作のスイッチで、これをぎゅっとすると握りこぶしができたり、掴めるモノがあればそれを掴んだりできます。銃とか。
これがもう本当にものすごくて。本当に何かを握っている気分になるんです。傍目にはコントローラーは握りっぱなしなはずなのに。見事に脳が騙されている。
理由として1. トリガーの軽さ と 2. バーチャルハンドの存在 かな、と思いました。
1. トリガーの軽さ なんですが、このトリガー、ものすごく軽いんですよ。ふわっと押せる。バネの反発も少ない。「押すもの」と考えると押しがいがないスイッチなんですが、自然な手の動きには不要なんですよね、反発って。それゆえの存在感のなさなのかなと思います。だから、仮想世界で指を動かした時に現実からの干渉がない。こういうズレの解消が大事なんでしょうね。
そんで、 2. バーチャルハンドの存在。VR世界の中では、手首から先が3Dモデルで見えています。コントローラーの位置を読みこんで「ここに手があるよね」という位置に表示されるハンドは、実際の自分の手の動きに合わせて動きます。手を挙げると挙がるし、後ろに回せば後ろに行く。そこでコントローラーのトリガーを押して、上述の「握りこぶしを作る」動作をすると、その手がぎゅっとする。実際は中指を動かしてトリガーを押しただけなのに、それはもう見事に脳が騙されます。ぎゅっとしたぞ!と。ぎゅっとする他にも、バーチャルハンドは親指の動きや人差し指の動きにも追従します。なぜか。薬指・小指も中指に連動するんですが、こやつらは現実世界での役割はまったくなく、ただコントローラーを握っているだけなので、違和感も何もという感覚です。不思議。
ともかくもこのようにして、身体への違和感を減らし、その一方で視覚情報を盛ることで、脳を精一杯騙せているわけです。にくいぜ。
いくつかゲームの体験版などで遊んだりもしましたが、物を掴む動作などもそれはもう自然にできる。びっくりするくらい掴んでいる。掴んでないのに、掴んでいる。
と、頑張って言葉でまとめてみましたが(後半はメタ要素が多めになりましたが)、本当にVR体験の感想を伝えるのは言葉では難しい。
この記事を読んでいるあなた!ちょっと立ち上がって歩いてみて!
歩いてみて、どうだった?教えて!
そんな感じです。「どうだったも何も……」となってしまう。これからはむしろVR世界を語るための言葉がどんどん生まれてゆくのかな、という思いすらあります。
VR世界の経験は、「みる経験」ではなく「いる経験」だな、というのがひとこと浮かんだ印象です。もしくはその中で「する経験」。すばらしくすばらしいのですが、これにのめりこみすぎると現実世界とのバランスが崩れそうで薄ら寒いほどです。帰ってこれる程度に楽しんでいきたいですね……
雑なレビューですが、色々試してみた中で書きたいことはまだまだあります。引き続き修論の合間を縫って書いていきたい。乞うご期待です