日暮れ、道遠し

つくばで日本語教育をやっている大学院生の、見たこと聞いたこと考えたことなどについて。

インターネットミームと学習者 ~「淫夢ネタ」をめぐって~

インターネット、便利ですよね。

あらゆるものに、すぐに繋がれる。教室・教科書を飛び出して、生の学習言語文化にどんどん繋がっていけるというのは、間違いなく現代の言語学習における利点の1つです。

 

ただその一方で、案外すぐ近くにとんでもないものが潜んでいる。今回はそんな話です。

 

淫夢ネタ」というものを聞いたことがある、という方はどれくらいいらっしゃるでしょうか。このブログを読んでくださっている方はおそらく日本語教育関連の方が多いと思いますが、業界の中で聞くことはまったくないでしょう。自分は趣味でニコニコ動画を覗いたりtwitterを見たりしていますが、そのようなサブカル界隈でここ数年の間によく目にするようになったものです。

淫夢」とはゲイ向けアダルトビデオ作品のタイトル(の一部)であり、その中のセリフや登場人物など、関連要素が面白おかしく消費されているのが「淫夢ネタ」です。

淫夢」ネタの由来・問題点について詳細にまとめてくださっているnoteに、こちらがあります(紹介・引用の許可は得ています)。そもそもの出自・現状を含めた問題点の把握には現時点で最良の記事かと思われます。

note.com

 
この記事では、淫夢ネタそれ自体の問題点提起については行いません(そのあたりの議論は上のnoteへ)。

まったく知らなかった方にとっては「本当にそんなものが?」というレベルの話だろうとは思いますが、現状どうしようもないほどに広まっています。「あっ……(察し)」や「不幸にも黒塗りの高級車に・・・」に始まる定型ジョークなど、目・耳にしたことがある方もいるのではないでしょうか。また、「淫夢」以外のゲイAV作品・コンテンツから生まれたインターネットミームもあります。それらも本記事では「淫夢ネタ」として取り扱います。

さて。この記事はそういったネットミームに対して「やめようよ!」という記事ではありません(そのような意見に対しては賛同しますが)。というのも、上記の通り、すでに広まりすぎているから。上ではサブカル界隈とは言いましたが、現状、ものによっては「ゲイAV由来のことば」という要素はかなり薄れ、一般的に使われるレベルにあるものも存在するくらいです。とにかくまず、そのようなものが「ある」ということを知ってほしい、そして、「ある」上で我々日本語教師はそれをどう扱ったらいいか考える契機にしてほしい、そのような意図でこの記事を書いています。

 そもそも”見えない”「淫夢ネタ」

淫夢ネタ」にまつわる問題を難しくする原因の1つに、それら淫夢ネタ」の表現が表面的にはあまりにも「普通」で、元ネタ(があること)に知らないと気づけないという点があります(逆に、そのような汎用性の高さがここまでの広がりを見せるに至った原因であるとも言えます)。

たとえば、何かに気付いた時の「あっ(察し)」や、驚いた時の「ファッ!?」、何かに成功した時の「やったぜ。」など。このレベルのものだとtwitterYouTubeで、ゲイAVという文脈無しに使われているのを見た・聞いたという人もいるのではないでしょうか。

場合によっては、学習者がそれと知らず「インターネットでよく使われているから」という理由でそのような表現を使うこともあり得るでしょう。けれど、これらの表現にしても、まだ元ネタが近くにあるのは事実です。元ネタとの近さゆえに、淫夢ネタを使う=元ネタの存在を知っていると認識されることもある。

たとえば、海外の大学で、自分の大学の紹介ビデオを日本語で作成し、交流大学の日本人学生に見てもらうという活動があるとします。そんな中で、学習者としてはネットで見かけた単なる「流行語」だと思って使ったミーム淫夢ネタだった、ということも十分起こり得るでしょう。もちろん日本人側だって気づかない場合もあれば、同じ「流行語だよね」という程度の認識止まりかもしれません。一方で、もしも日本人側がそのようなミームを快く思わない人だったら。発表を行った学生が「淫夢ネタを面白がる人」というマイナスの認識を受ける可能性だってあります。

学生がインターネットで情報収集・交流を広げて、その過程で自然な日本語を身につけてゆくことは本来非常に喜ばしいことです。また、本来ミームや流行語には、それを使う人達の仲間意識的な結束を強めるはたらきもあります。うまく使えば、コミュニケーションのなかでものすごい効果を発揮します。

ただし、ミームの中には一般的に・おおっぴらに使うには不適切なものがあり、使う際にはどのように受け取られるか注意すべきである、程度のことは周知させておくべきなのではないのでしょうか。 もちろん教師側に「これはね……」と注意できる程度の情報量があるに越したことはないですが、日頃そういう文化に触れていない教師がこれらミーム全てを把握できるかと言うと、間違いなく不可能でしょう。上述のように分かりにくいミームもありますし、膨大な量があるところに、日々新たなネタが発掘されては新規のミームとして生まれ出ているのが現状です。よっぽど日常的に・広範囲にアンテナを張っておかないと、全てを把握するのは不可能です。

ただし、そもそも「そのようなものがあること」自体を知っているか否かには大きな隔たりがあると言えます。

ミームは全部ダメなのか?

また、「ミームだから全部ダメ」かというと、そういうわけでもありません。一口にミームと言っても、上記の淫夢ネタのような性的なコンテンツから生じたものもあれば、そうではないものもあります。

一例を挙げます。「やったぜ。」「やったか!?」について。

「やったぜ。」は、何かに成功した際などに使われるミームですが、これは淫夢とはまた別の性的・過激なコンテンツから取られたミームです(解説ページへのリンク。かなりショッキングな内容ですので閲覧注意です)。

一方で、「やったか!?」というのは、「攻撃後に攻撃を行った側がこれを言うと、攻撃を受けた相手は大体生きている定番のセリフ(ロボットもの・戦闘ものにおける相手の生存フラグ)」として扱われるミームです(解説ページへのリンク)。

表面的には「やったぜ。」と「やったか!?」だけなのに、こんなに違いがあります。前者を使って眉を顰められる可能性は大いにあるものの、後者は、上にも述べましたがうまく使えば誰も傷つけることなく笑いを取れる可能性があります。

「これは『いいミーム』、これは『悪いミーム』」と学習者にひとつひとつ教えることも、また、学習者に「ミームを使う前にはその出自を確認しましょう」と伝えることも現実的ではないかもしれません。ただ、やはりミームや流行語の使用に対しての注意喚起を行うことや、「これはもしかして」と気づくための教師側の感度を上げておくことは肝要でしょう。 

学習者が「巻き込まれる」

また、「淫夢ネタ」には学習者がそれと知らず巻き込まれる可能性もあります。

自分がしばらく前に経験した出来事ですが、ある国の高校生と日本の高校生の交流イベントで、交流企画の1つとして小グループに分かれて色々と写真を撮る、ということがありました。

終わり頃に学生たちが撮ってきた写真を見ている中で、学習者・日本人が揃って淫夢由来のものとして広まっているポーズをとっている写真がありました。どうも、日本人学生が面白がってさせたようです。

ポーズ自体は別に性的な何かを想起させるものでもなく、言い逃れをされたら何も言えません。コンテクスト的なものです。ただ、日本人学生が話しているのを聞くに、明らかにふざけて、「淫夢ネタ」であることは承知の上で、そして相手が知らないことも把握した上で(ここが一番ダメですよね)させていたようでした。その時は、もう撮り直しをさせる時間もなく(幸い、色々ある中の1枚でした)、また、自分がその学生に色々と言える立場でもなく、また、一緒に写っていた2人の学習者は10代の女子で、彼女たちがいる場でその問題性を即座に指摘することもできませんでした。今考えると、何かしらできることはあっただろうと反省しています。 

 おわりに

使われていく中でことばの立ち位置が変わってゆくこともあります。「女子高生」を表す「JK」だって、もともとは援助交際のための隠語だったそうです。そのように、時空的な使用幅が”うすめて”くれる可能性は大いにあります。

ただし、今は上記のような状況。加えて、今後も様々なミームが、様々な形で出てくるのは間違いないでしょう。そのような場面を迎えるにあたって、とにかくそのようなものがあることを知っておく、認識の中に入れておくということは間違いなく必要だろう、そう思って書いた記事でした。

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